神戸大学体育会洋弓部弓影会
リレーエッセイ



前のエッセイへ                 次のエッセイへ

洋弓部での活動の記憶

第44代 山本翼

 洋弓部に入部したのがもう20年近く前になっていることに改めて驚きました。月日の流れる早さを実感します。

 私は、学部の友人が興味あるとのことで、連れられて洋弓部の見学に行き、そこで初めて洋弓部の存在を知りました。練習は週2回で、体育会の割には厳しそうではなく、ほとんどの人が大学から始めているとのことで、「あんまり大変そうじゃないし、じゃあまあ入ってみるか」と、軽い気持ちで入部したような記憶があります。

 そんな軽い気持ちで入部した私でしたが、気づけばどんどんその魅力に引き込まれていきました。最初は「まあ、やってみるか」と始めたものの、いつの間にか練習や仲間との時間が楽しみになり、「自分って洋弓部に入学したんだっけ?」と思うくらい、部室に入り浸るようになっていました。部室に行くと、全体練習の日以外でも大抵誰かいて、一緒にたくさん練習をしたり、ジャンプを読んだり、何時間も話し込んだりと、気づけば長い時間を共に過ごしていました。

 交流は練習だけでなく、先輩や後輩と一緒にご飯を食べに行ったり、下宿生の家で語り合ったりと、自由に青春を謳歌していた気がします。学生時代に、学業以外で皆で熱中して頑張ることができ、多くの人々と交流できた経験は、自分の人生の財産になっています。他のOB/OGもきっと同じように感じているのではないでしょうか。

 仲間との時間を楽しむ一方で、部の規模が大きくなるにつれ、運営面でも多くの経験を積むことができました。私が1回生の頃は、3回生が7人、2回生が9人、1回生が9人という小規模な部でしたが、3回生になる頃には、2回生と1回生がそれぞれ20人程度に増え、総勢50人を超える大所帯となりました。人数が増えると、部員全員での練習が難しくなり、全体練習を分けたり、春合宿先を小豆島から山口に変更したりと、新たな課題が次々と生じました。しかし、そのような変化に対応する過程で、運営に関わる機会が増えたことは、自分にとって大きな成長の場となりました。連絡用のホームページを作成したり、部全体の調整を行う経験は、当時の自分にとって非常に有意義なものでした。

 肝心のアーチェリーに関しても、最初は苦労の連続でした。入部直後は「肩落とし」ができなかったり、フォームはきれいと褒められても全く点数が出なかったりと、なかなか安定した成績が出ずに悩むことが多かったです。それでも、矢が的の中心に刺さったときに「山本よっしゃー」「したー」というやりとりが好きで、練習は楽しみながらもさぼらずに続けていました。2回生まで成績は振るわなかったものの、3回生になってようやく600点を超えるようになり、日々の努力の大切さと、続けることの重要性を身をもって学びました。

 試合では44代として大きな成果を残すことはできませんでした。私自身も特に、クリッカーがなかなか切れず、練習通りの点数を出すことができない場面が多く、試合での結果には苦労しました。それでも、最後のリーグ戦で数年ぶりに1部との入れ替え戦に進むことができたのは、誇らしい経験でした。私たちの代や先輩方が積み上げた努力や経験が、その後の世代に引き継がれ、数年後に男子チームが1部昇格を果たしたことは、非常に喜ばしいことです。

 社会人になると、日々の仕事や生活に追われがちですが、洋弓部での様々な活動は一生の糧になると思います。学生の皆さんは、ぜひ、今しかできない経験を存分に楽しんでください。

 以下は44代の夏合宿の集合写真です。

 

前のエッセイへ                 次のエッセイへ