神戸大学体育会洋弓部弓影会
リレーエッセイ



前のエッセイへ                 次のエッセイへ

想い出

第46代 松岡 佑樹

 コロナウィルスの感染拡大開始から早2年半が経過しております。あらゆる制限から徐々に緩和の方向に舵が切られながらも、まだまだ以前のような生活には戻り切れないもどかしさを日々感じております。
 そんな中で開催された東京オリンピックでは新種目でのメダルラッシュが大きな話題となりましたが、やはりアーチェリーでの男子団体のメダル獲得には皆様も胸が熱くなったのではないでしょうか?
 私たち46代が入部した2005年も、アテネオリンピックで山本博選手が男子個人で銀メダルを獲得した直後でした。アーチェリーが一気に世間の注目を集めたこともあり、以降は部員数が増加の一途をたどり、46代チームは男女合わせて60名強の大所帯となりました。練習場所・時間、夏・春の合宿会場の定員問題と大人数ならではの課題に直面したことは非常に懐かしいです。もちろん、苦労ばかりではなく、出身も考え方も違う多くの先輩・同期・後輩の皆さんとの競い合い、助け合いなどの濃密な関わりは、学生時代最大の財産でもあります。当時は家族よりも踏み込んだ関係だったのかもしれません。春合宿最後の夜に、44代・45代の入れ替え戦での悔しさを皆にぶちまけて、柄にもなく大泣きできたのもそんな深い関係だったからでしょうか。
 競技の方では44代リーグ戦前から46代リーグ戦入れ替え戦までほとんどの試合に出場させていただきました。当時の洋弓部の目標であった1部昇格を46代まで3年連続で入れ替え戦で逃してしまったことはやはり今でも悔しいです。しかし、一緒に切磋琢磨した47代の後輩たちが1部昇格を果たした時は我が事のように嬉しく、興奮しました。また、各種大会・試合に参加させていただいたことでアーチェリーを通じて人脈や見識が広がったことは、順位や点数以上に価値のあることでした。
 恐縮ですが、多くの試合に出場させていただき感じた学生アーチェリーの素晴らしさを一つお伝えします。「的に向かっているときは孤独、しかし振り返れば仲間がいる」ことです。的中央を射抜いた時の「ヨッシャー」の掛け声で鼓舞された回数は皆さんも数え切れないのではないでしょうか。私も個人戦の記録よりも団体戦の記録の方が圧倒的に高い方でしたので、周りに支えられていたことを強く実感しています。
 今思い返しても、先輩たちの背中を追いかけ、後輩たちから追い立てられ、あっという間に過ぎた洋弓部での3年間でした。しかし、多くの学びと成長をもたらしてくれた競技、環境に感謝の気持ちしかありません。

 OBOGの皆様、現在現役の洋弓部の皆様、引き続きコロナ禍とはなりますが、まずご自身ご家族の健康を大切にしてください。そして、本当の日常が取り戻せた暁には、是非昔話や世代ならではの話に花が咲く楽しいひと時をともに過ごさせてください。

 添付の写真は、我々の幹部時代2007年夏合宿(長野県白馬村)時の写真です。

 

前のエッセイへ                 次のエッセイへ